【正論はなぜ通用しない?】納得できないあなたの「もやもや」の理由
この前、勇気を出して友達に相談したんだ。そしたら「それは個性として受け入れるべきだよね!」って言われちゃって…。すごく正しい気はするんだけれど、なぜか心だけが、もやもやして納得できないんだ。
なるほどね。よくあることだよ。そんな時は、「正論は、人の心を無視して進むことがある」って覚えておこう。
え?でも、理論的に正しいし、友達は悪気はなかったはずだけど?
そう。正論(正しいお話)は、順序正しく組み立てられた、とても綺麗な論理なんだ。でも、その「綺麗さ」を守るために、君の抱える感情や、複雑な背景、そしてその時の痛みが、「無視してもいい現実」として切り捨てられてしまうんだよ。
ふむふむ。だから、頭ではわかっても、心には響かないんだね。
その通り。そして、友達の「個性として受け入れるべき」という言葉は、その子自身を救った言葉だったのかもしれない。でも、君と友達は、悩みの種類も、進みたい道も違う。だから、その正論が今の君に必要とは限らないんだ。
なるほど。ぼくは、今の自分を無理に肯定するよりも、勇気を出して「変っていく方向へ努力」してみたかったんだ。そっちの方が、ミライがちょっぴり明るいような気がして!
うんうん!きみらしい、最高の結論だね。そして、話したかったらでいいし、無理強いはしないけれど、君のその「悩み」は、正論を振りかざさず、ぼくがいつでも聴いてあげるからね。
うん!「なんで梨は、リンゴみたいに派手な色じゃないんだろう」って悩んでたの。リンゴは目を引くけれど、梨も品種改良して、この地味な皮の色を、もっと派手にしたらいいんじゃないかってね!
その派手な色に変わる努力も、もちろん、自由な選択だ。ただね、もしリンゴに近づいたとして、君は「梨」にしかない美味しさを知っているだろう?
...ああ、でもね。もし本気でリンゴに勝とうと思ったら、残念ながら、その地味な皮じゃ、たぶん一生無理だ。どれだけ頑張っても、僕らが勝つだろうね!( ´∀` )また来秋👋


